第1節 北西コーカサス
第1章 ソチとその周辺の地域
第1節 北西コーカサス
ロシアと西アジアの間に二つの海がある。黒海とカスピ海である。黒海はロシアとトルコやバルカン半島の諸国を隔て、カスピ海はロシアとイランや中央アジアの国々とを隔てている。それぞれ、面積436,400平方km(アゾフ海を除く)と341,000平方キロメートル、黒海には日本列島がすっぽり収まり、カスピ海は日本より僅か小さい。黒海にはドン、ドニエステル、ドナウの諸河川が流れ込んでいるので水収支は黒字だが、南西部でボスフォラス海峡によって地中海とつながっている。一方ヴォルガ川、テレク川、クラ川が流れこむカスピ海には外への出口がないが、蒸発量が多いので溢れ出すことはない。この二つの海の間にある大きな地峡がコーカサスである。その中央にある大コーカサス山脈がコーカサスを南北に分けている。この山脈の北側である北コーカサスの地形は中央部の大コーカサス山脈、その北の西部中央部の平原と丘陵、カスピ海岸のテレク=クマ低地に分かれる。更に詳細は西部にアゾフ海に面したクバン低地、中央のスタヴロポリ丘陵がある。北コーカサスと南ロシアの地形上の境界は、ロシア側のヴォルガ=ドン水系とコーカサス側のテレク川クマ川流域の境にあるマニィチ低湿地で、渡り鳥と野生馬の楽園である。気候は黒海沿岸では亜熱帯であるが東にむかって、徐々に乾燥して行き、東部内陸部ではダゲスタンとチェチェンに跨るノガイ・ステップになる。クバン平野は南ロシアやウクライナにつながる黒土地帯の一部で、降水量は内陸平野部にある中心都市クラスノダルで年間735mm、日本の都道府県で最も低い山梨県(年間1,112mm)より更に低い。気温は夏には22-30度に上がるが、冬は6度からマイナス3度ほどに下がる。産業は北コーカサス全体で農業と観光に特化しているが、ウクライナやロシアの国土地帯につながる西部低地では大規模な穀物生産、東部低地では、牧畜が広く展開している。人口の都市化率が全ロシアで73.32%(2002年)であるのに対し、北コーカサスでは概ね50%代であることが、産業構造の状況を明示している。両方の海で水産資源は豊かである。黒海では、イスタンブルの波止場や橋の上の釣が有名で、鯖の空揚げザンドイッチを売る売店は風物詩と言ってもいいぐらいだが、黒海東岸でもスフミやバツミなどの港町では鰺釣りに興じる人々の姿を見かける。カスピ海ではチョウザメが最も有名であるが、アゾフ海のチョウザメは事実上絶滅した。
大コーカサス山脈は、北西部タマン半島から南東部アプシェロン半島まで約1200キロメートルにわたり、海抜5、641メートルの主峰エルブルスを筆頭に、5000メートル級7峰、4000メートル級20数峰、3000メートル級に至っては無数といっていいほどの峰々を抱いている。山脈は主脈とそれに並行、あるいは交差するする7個の支脈から構成されるが、その全体を大コーカサス山脈と呼ぶ。山脈は黒海沿岸では海岸に迫り、狭い山麓と海岸平野を作るが、急な斜面を流れる多くの河川が河岸平野と三角州、湿地を作っている。
コーカサス地方はこの山脈によって南北に分かれるが、かつてはその北は前方コーカサス、その南はトランス・コーカサスあるいはザカフカース(どちらもコーカサス山脈の彼方という意味)と呼ばれたが、北コーカサスに関しては、ソ連時代から「北コーカサス」という地名が好まれ、ドン川下流のロストフ地方を含めて「北コーカサス経済区」あるいは「北コーカサス軍事管区」などのように行政上の用語に使われた。また、ソ連解体後は、現地の人々によって南コーカサスの名称が好まれている。おおよそ北コーカサスはロシア領に含まれ、南コーカサスはグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの領土にあたるが、この南北と大コーカサスの分水嶺は一致してない。南北の地域は海岸だけでなく、コーカサス山中の幾つもの峠によって結ばれているので、住民の活動がいつも地域の概念を書き換えているのである。
ソ連時代以来、コーカサスの南の境界はトルコとイランであるとされている。しかし、ソ連とトルコ、イランとの国境は純粋的に自然の地形によって決定されたわけではない。現在の南の境界は、ロシア帝国・ソ連とイランおよびトルコとの領土条約に基づいているので、境界は随時人間活動の範囲によって修正されてきている。トルコ東北部カルス県の国立大学は、カフカズ(トルコ語でコーカサスを意味する)大学と呼ばれていて、トルコ北西部はコーカサスに含まれるという認識を垣間見ることができるが、これはトルコのカルス県が、ロシア帝国のカルス地方であったことを反映している。このように戦争と外交による国境の変更も人間活動の痕跡を消しきることはできず、コーカサス全体に境界に、自然地理学的原理と政治的決定の結果が混在している。あるアゼルバイジャン人政治学者は、現在のコーカサスにトルコ東部とイラン北部を加えた大コーカサスを提唱するが、これは現代アゼルバイジャン国民の歴史意識を反映している。同様の理由で、グルジアではトルコの領土の中に西南グルジアを見、アルメニアでは同じくトルコの領土の中に西アルメニアを見ている。地図1
北西コーカサスはロシア連邦のクラスノダル地方、スタヴロポリ地方、およびかってソ連時代には自治州としてクラスノダル地方に含まれていたアディゲ共和国、同じくスタヴロポリ地方の自治州であったカラチャイ=チェルケス共和国、ロシアの自治共和国であったカバルダ=バルカル共和国から成り立っている。しかし、近年の連邦管区制度の導入と変更にともなって、クラスノダル地方とアディゲ共和国は南連邦区にそれ以外の地域は北コーカサス連邦区に分かれて区分されている。ソチを含む黒海沿岸地方は、まとまった一つの行政的地域としてではなく個別の市や郡としてクラスノダル地方に属している。ここで沿黒海地方とするのは、ロシア連邦クラスノダル地方の黒海沿岸地方の6個の市部と郡部の便宜的な総称である。